東京高等裁判所 昭和38年(う)236号 判決
被告人 内川正利
〔抄 録〕
所論は、被告人には不法領得の意思がない旨主張するので、按ずるに窃盗罪の成立に必要とせらるる不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の物としてその経済的用法に従い自己又は第三者のために利用又は処分する意思をいい、必ずしも終局的にその物の経済的利益を保持する意思であることを要しないと解すべきところ、原判決挙示の証拠によると、被告人は小泉克喜等と共謀の上、旅行するため或は金品を盗みに行くため使用する必要上路上に駐車している自動車をその所有者に無断で同所より運転して持ち出しこれに乗車して箱根に旅行し或は金品を盗みに行つたことが認められる。然らば被告人は自動車をその駐車しているところより運転して持ち出すに当つて、権利者を排除して他人の物を自己の物としてその経済的用法に従い自己のために利用する意思であつたといえるから、被告人に不法領得の意思があつたことが明らかである。もつとも右各自動車は各犯行の当日或は翌日もとの場所に返還されていることが認められるが、前説示のごとく不法領得の意思は終局的にその場の経済的利益を保持する意思であることを要しないものであるから、これを運転して持ち出すときよりこれに乗車して旅行し或は金品を盗んできたのちにもとの場所に返還する意思であつたとしても、右不法領得の意思の存在を認定するに妨げとなるものではない。
次に所論は、右主張が認められないとするも、本件各自動車に関する犯行は、被告人の意思によりいずれもこれを被害者に返還しているものであるから、中止犯をもつて論ずべきものである旨主張するが、不法領得の意思をもつて自動車を運転して持ち出したときにおいて窃盗罪は既遂に達し、事後においてこれを返還したとしても中止犯の成立する余地はないものといわなければならない。
以上原判決には、所論のごとき事実誤認ないし法令適用の違反にないから、論旨はすべて理由がない。
(藤嶋 山本 小俣)